昨夜、すこしだけ出てこれる? と連絡してきた恋人と、ちかくの店へ。

紅茶を啜りながら他愛のない話をして、食品を買うのを付き合ってもらって。

 

もう解散しようか、というとき。

まだ一緒にいたいといったわたしのわがままを、恋人はあっさりと聞き入れてくれた。

明日も仕事なのにいいのと聞けば、俺も一緒にいたいからといって、泊まったラブホテルはいままで行ったなかで一番粗末なつくりだった。

やっぱりこの辺はだめだねってふたりでわらった。

 

朝、仕事へ向かう恋人にくっついて駅まで出てきた。

卒業を控えたいま、学校は休み。なのにこんな早い時間に外にいることが可笑しくて、寒さに耐えかねたふりをしてきゅっと彼の手を握る。

 

ほどほどに頑張ってねと恋人を見送り、そのままスタバへ。

ホットのラテを頼み店内で文庫本を広げた。

 

中勘助の「銀の匙」。

 

銀の匙

銀の匙

 

 

わたしは中学生のころ、それも受験生のとき、勉強そっちのけで本を読み漁っていた。

書店に並んでいるもので気になったもの、好きな作家の未読作品、など。

でも夏目漱石太宰治といった、名のとおった文豪の小説は、授業以外で触れたことがなかった。

 

わたしは、最近の作家でも、それこそ新人のものでも。誰のどの作品を読もうが読書が好きだと口にしていいと。読書好きを言葉にするのに、必ずしも漱石らの作品を一読している必要はないと思っている。

だからいままで特に手にとろうと思わなかったのだけど、たまたま目にする機会があった夏目漱石の「夢十夜」を読んで、もう何十年もむかしの作品が、いまも書店にならび、そこにある理由を、あらためて知った。

 

そういうわけでさっそく、ふらりと立ち寄った書店で購入したのが「銀の匙」なのだ。

ゆっくり、ゆっくり。大切に文字を追いながらラテを啜る朝の、なんと優雅なことか。

 

ラテを飲み干して、読書もそこそこに外にでた。

時刻はようやく十時をむかえようとしていて、とおりすぎるどの店も、店員が忙しなく開店準備に追われていた。

リュックを背負った老人が、おはよう、と店のシャッターをあげる女性に声をかける。おはようございますと返ってくる声は、さすが気持ちのいいそれだった。

ちいさな少女は、その年齢よりも随分おとなびた様子で、目を細める。日を反射させる黒渕のフレームが、なんだかプライドの塊であるように、みえた。

 

ラテであたためたはずの身体が、思いのほか、さむい冬の空気にさらされて。

職場へむかう恋人にカイロをあげてしまったことを後悔して、でも、別れ際、ありがとねと微笑む彼の顔を思い出して、まあいいか、と帰路についたのだった。